JTJ宣教神学校は、自分を愛することを学び、隣人を愛することに生きる。 JTJ宣教神学校はいつでも入れます
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JTJ物語 (1)


 1989年4月25日火曜日の早朝。東京は新宿の、とあるビジネスホテル。前夜、ある神学校の講義の最終授業を済ませ泊まっていたホテルで目を覚ましたぼくは、カセットテープで学ぶ通信部の学生たちのレポートに目を通していました。それは『使徒の働き』の講義の感想をつづるレポートでした。  7、8人の学生のものを読んでみて、深く感銘を受けたというか、認識を新しくしたのは、通信制による学習効果の高いことでした。教室の学生たちに勝るとも劣らず、講義の重要なポイントを的確に押さえて対応していることでした。そのレポートも手応え十分でした。
 「盆と正月、年2回だけ、宗教的になる日本人ですから、クリスチャンになったばかりの人たち全員に、毎週の日曜日の朝の礼拝を強制したり、期待するというのは、ちょっと無理があると思います。柔軟な対応が必要なのではないでしょうか。」
 15,16章の「割礼と4項目」と「逆用の自由」のテーマに答えて書いてきたレポートを読みつつ、僕は感極まってしまいました。その内容もさることながら、通信学習の効果にも感激しました。その次の瞬間でした。
 「ビデオテープの通信だ!!!」「ビデオテープの通信だ!!!」「ビデオテープによる通信制の神学校だ!!!」
 全身を聖なる激情と衝撃が貫きました。「これだ!!!」「これだ!!!」「これだ!!!」「クリスチャン人口1%、礼拝出席人口0.2%という不動の壁を打ち破るには、これだ!!!」  目の前の鏡に映る自分の顔を見て、別人かと驚きました。興奮で紫色に変色していて、鳥肌を超えて、表面がデコボコでした。
 「これなら、全国から学生を募集できる。全国の学生に教育できる。経済的にも必ず自立できる。よし、これで行こう。」
 たちまちのうちに、基本的な構想が頭の中を駆けめぐりました。  家に帰り、家内を捕まえてしゃべりまくりました。
 「だれでも・いつでも・どこででも」 − ワープロに向かって、次から次へと湧き上がる神学校としての理念や原理原則を打ちまくりました。「待てない。1年で開校だ。」

 

 ぼくが投げかけた日曜礼拝時間の問題提起「命のように重要な礼拝は、子どものための教会学校を含めて、日曜日の9時から12時だけに限定しないで、日と時間は柔軟に対応することが多様に生きる信徒たちのために必要だ」これは、多くの人たちに歓迎され、支持されましたが、熱心党や伝統派からは「妥協的・異端的だ」とたたかれて、野に伏すこと6年。ここに至って、ぱっとかなたが輝いて、長い屈辱の期間がひとまず終わるぞ、という感慨でした。

 

                                         
つづく
次号は、”ここに至る過程について”

 

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