JTJ宣教神学校は、自分を愛することを学び、隣人を愛することに生きる。 JTJ宣教神学校はいつでも入れます
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JTJ物語 (10)


創立期の情熱

  それこそ、雨の日も風の日も、教室生たちは笑顔と熱い心で、良く協力してくれました。毎日、夕方5時、6時前には事務所にやって来て、リヤカーに所定の品々を積み込み、教室へ運ぶ手伝いをしてくれました。授業が終わると、同じ作業を、もっと大勢でやってくれました。貧しく、小さく、少々つっぱった神学校の出発でしたが、その心は というと、やがて日本の教会と宣教とに、大きな影響力を持つ日本最大の神学校になるのだという、フツフツとたぎるような情熱が一人一人のうちにありました。ぼくが担当する講義の直前に、そのころは、必ず「校歌・わがJTJが主に捧げる賛美歌『ジーザ ス・トゥ・ジャパン』」を歌ったものですが、歌いながら感極まって声が出なくなったのは、ぼく一人ではなかったはずです。

数々の反響が

  うれしい反響が、通信生たちから続々と入ってきました。
  1. あきらめていた、長年の夢が、今実現しました。ビデオで神学校の学びをしながら、まるで夢を見ているようです。この神学校は、神様が、私のために始めて下さったものだと感謝しています。このようなメッセージが、いくつ届いたか知れません。
  2. 突然、学校事務所に、200万円が振り込まれてきました。献金です。「私が学んでいるビデオを、主人が後ろで見て、大感激。『このような神学校は、どんどん発展しなければならない。神学校を助けたい。』と言って、献金するのだ、と言い出しました。お受け下さい。」
  3. ある通信生が、学校を訪ねてきました。写りの悪いビデオに対する抗議・苦言ではなかろうかと、内心ヒヤヒヤしながら対応しました。「ここに70万円の献金をお持ちしました。『使徒の働き』の講義を受けて、安息日のこと、地域の宗教儀礼的な行事のこと、墓参りや焼香への対応のことなど目からうろこの体験でした。このような講義を、日本中の牧師先生に見てもらいたいと思いました。退職金の一部ですが、そのために使ってください。」このような多額の献金は、学校創立期に限られた特徴でした。主ご自身が必要に応じて、学生とその周辺の方々に感動をお与えになったのです。
 これらのうれしい反響に加えて、入学の問い合わせは連日あいつぎ、全国津々浦々か ら通信制への入学生が300人、400人と与えられたのでした。
1年前、守部喜雅氏の好意によって、クリスチャン新聞の一面に、聖書66書全部を 学べる、JTJ宣教神学校が開校されることになるニュースが大々的に掲載されました。その数週後から、私たちにはジワジワとプレッシャーが押し寄せてきました。果たして、どれほどの学生が実際に入学してくるのか、と。しかし、そのとき、信仰の戦いは確か にひとまず決着し、勝利を得たのでした。
 献金を訴えない、学生の受講料だけで経済的に自立・自給する神学校。おそらく世界で前例のない、新しい皮袋としての神学校。
この理想は、現実のこととなる!!!確かな手ごたえをつかんだ開校直後の数ヶ月でした。


 教室と事務所を一つに


  町田事務所と、教室事務所と、教室を一か所にまとめなければ、とても対応仕切れない状況になるのに、時間はかかりませんでした。そこで、新しい教室さがしを開始したのでした。
  • ビルの中に50坪のフロアーを借りる。
  • 教室と事務所を仕切る。
  • 家賃は、月60万円まで。(与えられた入学者の数から計算して、支払い可能な条件)
  • 電車の駅から歩いて10分以内。
 高田馬場駅のそばの山手線のガードレールの脇に小さな不動産屋さんがありました。
 社長がとても親切な心を持つ人で、牧師を養成する神学校に興味を示し、あれこれと物件を捜し出しては紹介してくれました。そうして、ほどなく、新宿区下落合のマンションの半地下に、50坪の物件が出ました。太陽の光が入ってくる半地下。巨大な柱が真ん中に2本立っていましたが、教室と事務所を仕切るには邪魔にならないもの。高田馬 場駅から15分、東中野駅から10分、地下鉄駅からは3分。大家さんとの話し合いも順調で、賛美歌を歌っても支障なし、ということで契約することになりました。


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