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JTJ物語 (11)


自前の教室と事務所!?

 時間借りの教室で開校して2年もたたないで、50坪のビルのフロアーを借りて、教室と事務所とを一か所にまとめることができる。夢のようなことが実現しました。
 しかも、特定の個人や、教会や、団体から応援してもらわないで、JTJ独自の資金でこれができたことは、特筆すべきことでした。
 ホームビデオカメラをやめて、専門家が使う正式のカメラも中古品でしたが100万円弱で購入できました。今回も、必要なあらゆる備品と調度品はすべてリサイクルで調達しました。中野区や新宿区の地元の教会からも、入学者や聴講生が加わってきました。


痛みを伴う人事も

   私たちも、事務局のスタッフたちも、学校運営の経験はゼロでした。実は、学校経営の怖さを何も知らない私たちだったからこそ、10か月に満たない準備期間で、開校に踏み切ることができたのでした。もし私たちに少しでも専門学校の実務や経営の知識があったら、あのような形で大胆に開校に踏み切ることはできなかったでしょう。
 それに加えて、私たちの学校が一般的な専門学校、養成学校でもなく、牧師を育てるキリスト教界の中の事業であったことにも助けられました。
 「明確なビジョンと献身の決意の表明」「宣教の働き」「営利を目的としない、犠牲を覚悟の事業」「神のみこころ」「信仰」。そして学生たちの信仰と愛の理解。これらのゆえにこそ、現実が先、準備/装備が後ということが許されたのでした。
 ところで、400人、500人という、一気に増えてくる通信生をはじめ、教室生にたいして、過不足なく対応していくには、事務・実務の確立こそが急務となりました。したがって、仲間内に一時的な応援や奉仕をお願いするとか、パートで働いて頂くとかではもはや間に合わない状況になりました。学校の事務実務の全体を把握し、仕事のマニュアルを作成して、事務局を指導できるフルタイムの専門家たちが必要になりました。


 ここで私たちが白羽の矢を立てたのが、恩田みどり初代事務長でした。彼女こそ、17年のJTJの歴史における、最大の功労者です。
 事務/経理/教務/実務。必要に追われ、後から追いかけて処理する状況にあって、学籍管理、会計処理、成績管理、シラバスの準備、通信の学生への講義ビデオの制作と発送、広報活動、スタッフ指導、教室生の指導などなど、事務局の現場にあって、恩田事務長は一つ一つの仕事のマニュアルを作成し、その実施に当たり、情熱的、献身的に素早い立ち上げを実現してくれたのでした。
 特に大変であったのは、入学者は多かったのですが急激な増加であったため、即座の事務的対応がかなわず、そのため、諸費用の納入に遅れが出ていたことでした。恩田事務長は昼となく夜となく、一人一人に電話をかけて、優しく、時には厳しく、学費の納入をお願いするという、誰もやりたくない仕事に取り組んで下さいました。そのため「取税人」呼ばわりされるようなこともあったのでした。

自立自給の基礎がため

 500人近い学生が入学していて、さらに日々入学してくる現実があるのですが、設備は貧弱、その上、事務局の受け入れ態勢が後手に回っている。こういう重い、大きな荷物を積んだ自転車のハンドルを突如握らされて、倒さないで進めなければならない、いわゆる自転車操業。よくぞ、彼女がこれを引き受け、整え、軌道に乗せてくれたものです。彼女こそ、いわゆる一つの「ザ・功労者」でした。  こうして開校から4年、JTJ宣教神学校は、一度の赤字も出さないで、神学校としては世界のキリスト教界でも例を見ない、経済的に自給自足の体制を固めたのです。何度思い返しても、これは奇跡というほかありません。
 教会指導者の3大誘惑。異性/金銭/傲慢・自慢。
 毎日、金銭の収支がある神学校にあって、金銭が絶対に誘惑にならないように、中野先生も、後藤先生、ぼくも、学校のお金は事務長と公認会計士にゆだね、「見ない・触れない・もらわない」という大原則を立てました。もらわないというのは、担当する講義の講師料だけを受けて、給与をもらわないということです。この原則は、私たちがJTJにかかわるかぎり続けることを決めたのでした。


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