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JTJ物語 (15)


ここに、1992年春に作った「JTJニュースレター」の原稿の一部があります。講師の先生たちへのお願いです。創立期の燃える情熱とヴィジョン、不安と揺らぎが見えます。
基本的には今現在とまったく同じ路線であることがわかります。

フェイス・ミッション/FAITHMISSlON/という言葉があります。
これは、宣教の働きにおいて、ただ信仰だけに立ってその活動を進める行き方を指Lています。
経済的に支えてくれる団体とか、組織とか、教団をバックに持たをいのです。
ただただ召命と使命を与えてくださった神だけに頼って、その働きを進めていくのです。

純粋を意味でのフェイス・ミッションとしての神学校は、今日ほとんどどこにもないのではないでしょうか?

JTJ宣教学院は、貴重を存在です。
というのが、JTJ宣教学院は、初めの一歩からまさにフェイス・ミッションです。
学校経営において、正直、不安との戦いです。
夜中に目が覚めて、心配で眠れなくなるような不安です。信仰と不信仰との戦いです。
学生が入ってこなければ、それでおしまいなのですから。
どうして私たちJTJが、教会・教団・団体のバックをあえて持たないかといえば、理由は明快です。

「言いたいこと、言わなければならないことを、誰にも遠慮しないで言いたいから」
これに尽きます。福音の真理に立つ福音の総合理解を。このための学の独立です。
具体的には、1%と0.2%という、あの数字を打ち破るために、福音理解から生まれる改革的かつ刷新的を声を上げなければならない、という胸の躍るような使命感です。
改革的かつ刷新的を提案・提題については、既存の世界は不安を覚えるもの、懐疑的になるもの、心を閉ざしたくなるものです。
ぶどう酒を「新しい皮袋」に入れ直すことは、容易なことではありません。

そこで、人々はつい保守的、保身的であることにとどまりがちなのです。
そんなわけで、JTJ宣教学院に対しては、諸教会は大きを期待と共に、少なからぬ不安も抱いている、というのが偽らざる状況であろうと思います。これが、JTJの運営に不安が伴う理由です。
このような厳しさのなかにあって、3年目に入ろうとするJTJは、まさに奇跡的であるといえます。
ビデオによる通信制が、ニーズに応えるものであった、ということです。
3年目こそ、正念場です。立つも倒れるも、この一年にかかっていると思えます。
どうか、みをさん、新しい学生を紹介して下さい。入学を考えている人は、ぜひぜひ、決断Lて下さい

信徒学習コースも多様です。
女性のための生涯学習部の各コースは、若いお母さんたちには実際的で、刺激的なプログラムです。
講師の先生方にお願いします。信徒の方々に入学をお勧め下さい。
JTJ宣教学院の貴重な火を高く揚げ続けることに向けて、この年、みなさんの力を貸して下さい。

1992年2月2日




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