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JTJ物語 (4)


 新しい神学校を作るなら、福音派もペンテコステ・カリスマ派も、NCC系の教会合同派も、どのうような教派教団からの学生でも受け入れることができるように、神学的・教理的に偏らない神学校にしなければならない、と考えました。
全国青年宣教大会を主催してきた私たち「なかよし会」が、まさに偏らない超教派でした。したがって、参加者も右から左まで超教派でしたから、私たちは、大げさに言えば、〔日本の教会の歴史において、これはたいへん意義のあることだ〕と自負していました。
 「あなたがたの互いの間に愛があるなら、世の人たちは、あなたがたがわたしの弟子であることを知るであろう。」(ヨハネ13:35)と主イエスさまは言われました。
  偏らない超教派の神学校。そのためには、教師の先生方を、ありとあらゆる教会・教団からお願いしなければならない。「なかよし会」とその周辺には、優れた先生たちが大勢おられました。「だいじょうぶだ!」講師陣には確信がありました。


 校長をだれに依頼するか?


  1)偏らない超教派の神学校にふさわしい、超教派的要素を持つ人物。
  2)新しいこの神学校に心から賛同して下さる、刷新的な、柔らかい頭脳の持ち主。
  3)超教派的に、名前の知られている、実績を持つ牧師・伝道者。
  4)学生たちの目標となり得る、優れた人格者。実践神学にふさわしく、学識と実戦経験の豊かな、魂への情熱にあふれた伝道者・牧師。
  5)自慢せず、誇らず、愛の人で、劣等生の心もよくわかる人。
  6)地球全体に学生が散在することになるので、国際的感性の持ち主であること。
  7)日本人的風貌。中肉、中背で、身軽に世界を飛び回れる人。
  8)「喜べ、もっと喜べ、最高に喜べ、主にあって」みたいなことを、聴衆に言わせ、その気にさせるような、単純で、素朴で、庶民的な反面も持ち合わせている人。


 こうなると、地球上に生きる64億の人間の中で、ひとり、まったくピッタリの男がいます。ハワイにいます。当たりです。決まりです。中野雄一郎先生、その人で、決定でした。これは本来ならば難航する人事でしょう。しかし、私たちの場合は、もっともイージーな人選、そして決定でした。


 こうして、その昔、ぼくが留学を終えて日本に帰国する日、とんでもない故障を秘めたシェボレーステイションワゴン、所有者であったぼくもまったく気づかず、買い手の教会と中野牧師も知る由もなく、引き渡したその日のうちに、トランスミッションが壊滅してしまうという事態が突発した後、仲に入ってすべてを丸く収めて下さった、恩人・恩師たる中野雄一郎先生に、ぼくが一方的に伝えた、別れぎわの最後の言葉、「先生、いつの日にか、日本伝道のために準備を整えて、先生を迎えに来ます。」これを13年後に、そのような形で実現することができたのでした。
 偏らない超教派からの講師陣、校長(当初は学長でなかった)、そしてぼくが神学校の最終責任を負う、逃げない、という意志を自他に表明するため、「代表」という肩書きを持つことにしました。


   開校するまでに、準備は11か月しかありませんでした。1989年5月ごろの話を今書いているわけです。
 「準備を急がなければならない。事務的な作業をどう進めるか。」
 後藤牧人牧師(町田キリスト教会)と、鈴木邦俊牧師(町田南キリスト教会)が、創立にむけての待ったなしの準備に協力して下さることになりました。経営コンサルタントの永田義一兄も助けて下さることになりました。こうして、中野先生とぼくに、3人が加わり、具体的な作業に入ったのでした。


 献金を訴えないまでも、このような新しい皮袋の神学校を創立することを、広く知ってもらうことで、入学者、支援者、協力者の輪を広げようということで、ニュースレターを出すことにしました。


 (次回は、準備段階の奇跡的できごとなど)


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