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JTJ物語 (6)


学生のためにこそ、学校はある。


 巡回伝道者の手元に、お金など余っているはずはありません。かつて青年宣教大会を始めた時、会場の手付け金を捻出するため、それまで可愛がっていたお話上手のオウムを知り合いの、そのまた知り合いのビジネスマンに、30万円で買ってもらったことがありました。涙ながらにオウムと別れ、封筒に入れた30万の現金を内ポケットにしまい込みましたが、大金・現金で足が震え、誰かにつけねらわれているのではないかと、右手で上着を上から押さえながら、最大級の警戒心で、姫路から小田原まで帰ってきたことがありました。怪しまれないよう平静を装いながら、何度も手で触って内ポケットにあることを確認したものでした。伝道者の金銭感覚とは、そのようなもの。突如、香港から降って湧いた300万円。世界長者番付ベスト10に入ったような気分でした。


   さて、振り返って天下分け目とも言える最大の選択と決定を下す時を迎えていました。それは、通信制のビデオの値段を決めることでした。献金を外部にお願いしないで、独立独歩、自立自給の神学校を建て上げていくのですから、経営のすべては学生からいただく受講料にかかってきます。
 友人の経営コンサルタントたちはそれぞれに、ビデオ1本を8,000円前後にするという提案でした。これで行くなら、無理のない経営ができるだろうということでした。
 私たちは迷いました。もし1年間に、学生一人あたり約100本と計算すると、80万円の受講料です。卒業までに支払う額は2年で160万です。高すぎます。これでは入学者が限られてしまいます。これでは学校経営のための学生、ということになりかねません。



 私たちは、1本3,000円を提案しました。年間受講料30万円。これなら、だれでも入学できる線ではなかろうか。ダビング(複製)は業者に出さないで、良い機械を購入して自分たちでやることにしよう。
 「安かろう・悪かろう」で、無理に無理を重ねる仕事は続かないし、学生に見捨てられることになる。「安いが良い製品・良いサービス」これで行けば、経営は成功できる。結論を出しました。「安かろう、良かろう」で勝負しよう。ビデオ1本を3,000円で。その時、私たちは以下を確認しました。
 1)この神学校は、宣教機関であって、営利機関ではない。
 2)宣教機関であるなら、信仰によって立ち、信仰によって運営する、フェイス・ミッション[Faith Mission]である。
 3)宣教機関ではあるが、献金による経営はしない。学生の受講料で経済的に自立する神学校とする。
 4)そのためには、学生の募集がもっとも重要となる。学生が大好きになってくれるような神学校を作らなければならない。
 5)神学校のために学生があるのではなく、学生のためにこそ学校はある。学生の便を第一とする神学校にしなければならない。最高の学習サービスを。
 6)事務局のスタッフには、一般並みの給与を出すことが大切である。それによって、良い仕事をしてもらうことができる。宣教団体にありがちな、仕事半分・奉仕半分にしてはならない。


 入学者は、40歳以上の中年層が大半ではないかと予想しました。主婦の割合も高いと予想しました。
 1)牧師志願コースを、2年課程としよう。通信制での3年は続かないかもしれない。 
 2)カリキュラム(時間表)に工夫と改革を加えよう。[神学校3年]この常識と固定観念を打ち破るのだ。今の時代、卒業の後も学びを続ける手段が多種多様にある。専門書しか手段のなかった昔の時代が定めた「3年」に捕まる必要はない。本当に重要なことだけを2年間で。
 3)聖書語学は選択にする。語学ができなくても、聖書理解は十分にできる時代だ。
 4)重要なのは、知識の量ではなく、知識の質である。福音総合理解をこそ。
 5)ありとあらゆる教団・教派からの学生を迎えることになるのだから、特定のタイプにはめ込まない。教会奉仕者に向けての具体的指導は、所属教会の牧師にお願いする。神学校は、学習サービスに徹する。


 次の課題は、教室でした。あれこれと探し回った末、すべて断られ、結局は最善の場所、新宿・早稲田の「早稲田奉仕園」の教室を時間借りすることになりました。月曜日から金曜日まで。夜6時から9時。100人は座れる、本格的な教室でした。通学生100名を目標に考えていましたから、第一関門クリアでした。これに合わせて、すぐ近くに、小さめのワンルームアパートを見つけて、事務所としました。事務所から教室までは歩いて2分の至近距離でした。


 ところで「早稲田奉仕園」は、その昔、早稲田大学を創立した大隈重信が、欧米の大学の精神的支柱が「神学部」にあることを見て、早稲田大学の「神学部」的役割を期待して開設した施設でした。ぼくは摂理的なものを覚え、深く感動し、「都の西北」に並ぶ校歌を書く事を決心しました。


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