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JTJ物語 (8)


〜 準備から波乱の幕開けへ 〜

極寒の箱根山頂・暗闇の珍事

 いよいよ開校にむけて、最後の準備段階にはいりました。
 講義の一覧表、時間割、講師一覧、学校案内などなどを携えて、後藤牧人、中野、岸の3人で、箱根に一泊、最終の打ち合せを行うことにしました。
 友だちに頼んで、箱根でいちばん安い宿を紹介してもらいました。箱根元町からさらに20分ほど入り込んだ寂しいところに、それはそれは古びた旅館がありました。かつては、なかなかの格式のある宿であったろうと思わせるたたずまいでした。
 寒〜い8畳の部屋へ通されました。重厚で立派な床の間。かびが生えていそうなふすまに囲まれた、それはかつて最高の客間であったに違いない風格がしのばれました。ただ、時代は移り変わって、来客とだえて久しく、人けの感じられない湿った空気でした。
 旧式の丸い石油ストーブが部屋の真ん中に置いてあり、身を寄せて囲めば何とか温もるのかな、という感じでポツンと寂しげでした。
 さて、おかみさん一人愛想よく、夕食を運んできて、明るくサービスに努めてくれました。とにもかくにも、3人の来たこと自体が嬉しくてたまらない様子で、一人でしゃべりまくって、箸を動かす私たちを見ていました。
 ところが、食事の片づけも終わり、そろそろ話し合いに移ろうとしても、おばさんが座り込んだままで、立とうとしないのです。「お酒を飲まないのに、酔っ払ったように皆さんご機嫌ですねぇ。」「どんなお仕事をしてらっしゃるのですか?」「かつては文壇や、経済界の偉いさんたちもおいでになりましたよ。」とか、とにかく私たちを話に引き込んで、一緒にいたいという心がミエミエでした。これには、私たちは弱りました。
 困ったことは、まだ序の口でした。


 お手洗いは、氷点下に冷え込んだ真っ暗な長い廊下を歩いて、屋敷の端にありました。 常夏のハワイから来たばかりの中野雄一郎先生は、打ち震えるロボットのようにして、お手洗いへまではたどり着いたのですが、寒さで尿道が収縮して、おしっこがさっぱり出なくなったではありませんか。そこで、真っ暗な山道を運転して、ふもとの芦ノ湖プリンスホテルに駆け込みました。夜半のおしっこにも閉口しました。あの廊下が怖くて、ぼくは、庭に面した窓をそっと開けて、放尿を果たしました。瞬間、凍てつく寒さで、わが息子は縮み上がり、小水はつらら状となって腰板にへばりつき、ヒトパピローマウィルスは絶滅しました。ギンギンの寒波が一気に部屋に入り込み、みなさんびっくりして目を覚まし、すべて暗やみの珍事はバレてしまいました。中野先生の終末処理器官が冷凍性閉そく症状を呈したため、朝には先生を車に乗せ、ふたたび芦ノ湖プリンスへ走ったことは言うに及びません。
 与えられた300万円に浮かれないで、細かく、引き締めて準備を進めました。


動揺・不安いっぱいの入試・開校

 教室通学の牧師志願科の入学試験をしました。2000年3月18日(日)、その日は会場を予定した早稲田奉仕園が休館のため、近くのそば屋さんの二階を借り切ることにしました。その昔、クラスコンパといえば、そば屋の二階でしたから、その要領で相談しました。6人の学生が集まりました。まずおそばを1杯食べて、それから筆記試験ということでした。


問題1 聖書66巻の書名を順番に書いて下さい。

問題2 将来、どのような牧師になりたいですか。



[受験生6人。どうしよう。まさか、たったの6人とは、、、、。]


    4月9日(月)教室生のオリエンテーション・入学式を行いました。忘れもしません。
集まったのは、我々内部の関係者、ぼくの家内も数え聴講生を含めて、15人でした。
 ものすごい戦いが心に押し寄せてきました。[これでは、開校の時点で、もうすでに、つぶれているのでは。]ぼくは内心、泣いていました。と同時に、すさまじい闘争心がムラムラ・メラメラと心のうちに燃え上がって来たのを覚えています。
 [おんどりゃ、きさん、こねんことで、きさん、負ける訳がなかろおがなぁ。]
[わしゃあ、絶対に負けん。勝つ、勝つ、勝つ、勝ちゃるでえ。きさん、みゅうれえよ。]

   「見ると、柴は火に燃えているのに、その柴はなくならなかった。」(出エジプト3:2) モーセの生涯から、神の山ホレブにおける、召命と派遣の出来事をテキストにして、説教を語りました。その時、モーセは80歳。
 一握りの柴のような無価値で、無力なモーセ。しかし、聖霊の火が燃やして下さるときに、火は消えることなく、柴は燃えつきない。
 JTJ宣教学院(当時の名称)も柴、私たちも同じ柴。この激励のメッセージをもって、それこそものすごい闘争心で、14人を前にして、力み返って説教しました。


   1990年4月22日(日)夕方に予定していた[開校式]に向けて、天のお父さまは、全国各地 に、通信で学ぼうとする人たちを、どっさり、どっさりと用意しておられたのでしたが、私たちにはその時点ではまったく見えていないことでした。ほんとうに信仰が練り試されました。

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