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JTJ物語 (9)


歓喜の開校式

 早稲田奉仕園の教室を、6時30分から9時まで、時間借りすることで、100人教室を確保しました。すぐ並びのマンションの一階に一室が空いていました。絶好の位置関係にありました。急げば3分で録音機材をはじめ、講師用の椅子、受付の机など、必要な物品を運び込むことができます。即、契約をして早稲田事務所が整いました。


古家具・古道具屋巡り

 講義を録画するカメラは、性能の良いソニーのホームビデオカメラにしました。カセットテープの録音機と、一度に10本のテープの複製ができる「マザー」という機器、この2点だけは新品購入としました。あとは、机も、椅子も、電気スタンドも、ワープロも、本棚、ついたて、かさ立て、ロッカー、ハンガー、カーテン、カーペットなどなど、とにかく何もかもすべて、当時はまだ少なかった中古販売店(今のリサイクル店)を回り、調達に努めました。小田原、平塚、伊勢原、新宿区、中野区など、必要に応じて捜し歩いては、めぼしいものを調達しました。学んだことがいくつかありました。
  1. 多くの中古道具・中古家具店には、「いらっしゃいませ」の挨拶がない。
  2. 入ってくる客には、ほとんどだれも注意を払わない。
  3.  「好きな物を自分で捜し出して持ってってくれ」という感じである。
  4. 商品は、ほこりをかぶっているものが多い。きれいに拭いて渡さない。
  5. 時間通りに開店しない。
  6. 車まで家具を運ぶ手伝いをしても、「悪いねぇ。ありがとう。」がない。
  7. 家具は中古、客も中古、経営者も中古、どこか三流意識?のようなものが支配的であるようだ。(以上は、 今の「リサイクル店」のことではありません。)
 わがJesus To Japan宣教神学校や関係諸教会は、こうなってはいけないと自分に言い聞かせました。

いよいよ最初の授業開始へ

 事務機材を積んで、事務所と教室を往復するために、農家の人々が愛用したリヤカー(rear car・引っ張る人の後ろにある車の意味)を捜すことにしました。結局は、新品を買う以外ないことになりました。中古のリヤカーが見つからなかったのです。やっとのことで、新品を小田原で手に入れることが出来ました。軽トラックをレンタカーして早稲田の事務所に運びました。ところが、試運転をするうちに、近道になる事務所から教室までの通路が狭いため、一般のリヤカーでは車幅がわずかに広過ぎて、通れないことがわかりました。鉄製のリヤカーを近所の鉄工所に運び、左右対称に真ん中からまっ二つに切断し、それぞれの幅を数センチづつ詰めて、それをふたたび合わせて溶接づけしてもらうことにしました。こうして、最初の授業のための最終準備が完了したのでした。
 わずかな教室生たちは、一人一人が宝石のように見えました。そして、だれもが一期生として期待と誇りに輝いていました。特別に、二人の学生から大激励を受けました。
 一人は、沖縄からやって来た、田畑凡男(つねお)君でした。近所に下宿しました。
 もう一人は、北九州からやって来た、京子さんでした。カウンセリングコースに入学しました。JTJが全国に広がる手ごたえをつかんだ感じでした。
 大教室に、15人前後の学生がゆとりを持って席につきました。下町の風情というよりも、田園調布か、ビバリーヒルズ的な、となりは何をするものぞ、ぜいたくな空間が学生と学生、学生と講師との間にありました。初代の事務長を務めて下さった鈴木邦俊先生の牧師宅を開放して頂き、鈴木先生が一人で、教室制と通信制の入学手続きの事務、テープとビデオの複製と発送などの実務に取り組み、その上、月曜日から金曜日まで、夜は毎日5時半までに、町田から1時間30分をかけて早稲田事務所に来て、9時まで録画をするという、教会の牧会事務を優先しつつも目一杯の強行日程をこなして下さいました。

失望から希望へ、超満員の〔開校式〕

 オリエンテーションから最初の授業が教室で始まって2週間後、4月22日(日)夕方に予定していた〔開校式〕は、あいにくの雨模様となりました。ところが、開会予定の4時の1時間も前から、次から次へと人々が現れたのでした。日曜日の午後のことですから、牧師関係の知人友人はまばらで、わが人生においては、新しく出会う人たちが、それこそどんどん、どんどん現れて、やがて気づけば、100人教室は満杯で、150人近い人、人、人で、会場は埋めつくされたのでした。私たち関係者は、あっけにとられるというより、信じられない目の前の光景に感極まり、「主よ。主よ。主よ。」「やった、やった、やった」とほぼ興奮状態で、ただ主をあがめるのみでした。遠くは名古屋、静岡からも通信の学生たちが駆けつけてきてくれたのでした。
 定刻になって、ハプニングが起こりました。
 ホームビデオカメラが作動しないのです。記録に残さなければならない、貴重な開校式。しかも、わがJTJの最大のセールスポイント〔ビデオによる通信制〕が泣き出し、笑い飛ばされるような、困ったハプニングです。なぜ作動しなくなったのか。原因は雨でした。湿気が高く、満場の熱気で、カメラのレンズが曇ってしまったのです。最安のカメラでしたが、そこはメイド・イン・ジャパン。優秀緻密で、レンズが曇れば自動的に作動しないのです。
 とにかく、開会時間を延ばして、レンズが熱気になれて、晴れてくるのを待つほかはありませんでした。10分ほどの遅れとなったのでした。
 こうして、少人数の教室生・日本と世界に広がる数え切れない通信生とによる新しい皮袋としての神学校がスタートしたのです。イエス・キリストが日本に立たれ、ご自身の宣教のため、JTJ宣教神学校を開始されたのです。


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